長法寺・時の蔵 / 地域の歴史

佐方に残る因島村上氏の記憶

― 長本寺・無宗天城・村上氏墓所 ―

菊間町佐方には、瀬戸内海で活動した因島村上氏との関わりを伝える寺院、城跡、墓所、石碑が残されています。

文献に残された記録だけでなく、現在も地域の中に残る墓碑や記念碑。それらを一つずつ見ていくと、佐方が瀬戸内海の歴史と深くつながっていたことが見えてきます。

因島村上氏

一般に『村上水軍』として知られる村上氏は、瀬戸内海を舞台に活動した海上勢力です。

能島・来島・因島の村上氏が知られ、そのうち因島村上氏では、戦国時代に村上吉充らが毛利氏・小早川氏と関わりながら活動しました。

一方、佐方に残る碑や寺伝では『義光』、その他の資料では『吉光』といった表記も確認できます。

そのため本記事では、これらを安易に一つの表記に統一せず、それぞれの史料に記された表記を尊重します。

※村上備中守については、『吉充』『吉光』『義光』など複数の表記が確認されています。本記事では各史料の表記を尊重しています。

佐方と無宗天城

佐方には、因島村上氏との関係を伝える無宗天城跡があります。

地域史資料には、戦国期に村上氏の持城であったとする記録が残されています。

海上を拠点とした村上氏の歴史を考えるとき、海だけを見るのではなく、その一族が陸上のどこに拠点を持ち、どの地域へ移り住んだのかを見ることも重要です。

長本寺と村上氏

長本寺は、宝珠山地蔵院と号する真言宗豊山派の寺院です。

長本寺については、戦国時代末期にはすでに存在していたことを示す資料があります。

一方、『菊間町誌』や境内の由来看板には、村上氏の子孫が佐方へ移住し、長本寺を菩提寺として崇敬したとする寺伝が残されています。

資料によって長本寺の成立について異なる記述が見られるため、本記事では『村上氏が長本寺を創建した』とは断定しません。

長本寺本堂

長本寺本堂

長本寺に残る村上一族の記憶

『菊間町誌』には、長本寺に村上一族に関わる位牌や古い墓石が残されていることが記されています。

また、大島の高龍寺にも、長本寺に村上氏一族の位牌と、それに関わる記録が残されていることが伝えられています。

長本寺だけに残る寺伝ではなく、別の村上氏ゆかりの寺院にも長本寺とのつながりが伝えられている点は重要です。

長本寺境内の由来看板

長本寺境内の由来看板

村上備中守源義光

佐方には現在、『村上備中守源義光』と刻まれた碑が残されています。

文献上の『吉充』『吉光』と、佐方で伝えられてきた『義光』との関係については、今後も史料を確認していく必要があります。

ここでは、現地に『村上備中守源義光』の名が刻まれた碑が存在するという事実そのものを記録します。

三百五十年回忌法要記念碑

村上備中守源義光 三百五十年回忌法要記念碑

村上備中守源義光 三百五十年回忌法要記念碑

義光に関しては、三百五十年回忌法要記念碑も残されています。

記念碑そのものは後世に建てられたものですが、三百五十年という長い年月を経て法要が営まれ、そのことを碑として後世へ残したという事実は、佐方において村上氏の記憶が受け継がれてきたことを示しています。

村上氏墓所

佐方には、村上一族に関わると伝えられる墓碑がまとまって残されています。

義国の墓もこの墓所にあると伝えられていますが、今回確認した写真からは個々の墓碑を特定するまでには至っていません。

そのため現段階では、個別の墓を断定せず、『村上一族に関わる墓所』として記録します。

今後、墓碑の銘文や寺院資料などから確認できたものについては、順次追記していきます。

佐方に残る村上氏墓所

佐方に残る村上氏墓所

佐方に残る村上氏墓所(別方向から)

佐方に残る村上氏墓所(別方向から)

海を越えて佐方へ

村上氏の歴史を見ると、瀬戸内海は地域を隔てるものではなく、人や物を結ぶ道でもありました。

因島、大島、今治、そして菊間。

現在の行政区域だけを見ていると別々の場所に見えますが、海を通じて人々が往来していた時代には、一つの広い交流圏としてつながっていました。

佐方に残る村上氏の記憶も、そうした瀬戸内海の歴史の中で考える必要があります。

長本寺から望む佐方の風景

長本寺から望む佐方の風景

史実と伝承を分けて残す

地域の歴史を調べていると、文書によって確認できることと、寺伝や地域の言い伝えとして残されてきたことが重なっています。

長法寺『時の蔵』では、確認できる史料は史料として、寺伝は寺伝として、現地に残るものは現在の姿として、それぞれを区別しながら記録していきます。

長本寺、無宗天城、村上氏墓所、そして現在も残る石碑。

これらを重ねて見ることで、佐方と因島村上氏との関係が、長い年月をかけて地域の記憶として受け継がれてきたことが見えてきます。

今ある風景も、いつかは歴史になる。

出典

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